AJOCの歩み

眼鏡店経営の近代化をめざして

AJOCは眼鏡小売店の組織化による経営合理化・近代化を図るため、昭和33年4月、名古屋の菊池眼鏡院(現・株式会社キクチメガネ)社長 故森文雄の呼びかけによって、全国から有力眼鏡専門店7店の同志が集まり、業界初のボランタリーチェーンとして発足しました。翌年には組織を法人化。株式会社オールニッポンメガネセンターを設立し、オリジナルレンズの共同委託生産をはじめとする、事業活動に着手しました。昭和35年、それまで菊池眼鏡院に併設していたチェーン本部を東京に移転、専従職員を置き本部を独立させ、組織の拡大化を図りました。会員数が31社となった昭和39年、各種協業活動の合理化・高度化を実現するため、協同組合「オールジャパンメガネチェーン」を設立しました。

商品・販促・教育を柱とした協同事業

設立当初から事業面の柱となったのは商品・販促・教育の3分野です。中でも教育事業を最重点施策とし、「企業は人なり」をモットーにした人材育成に注力し、加盟店個々の体質強化、体力増強の原動力とすべくさまざまな施策を展開してきました。商品事業では、オリジナルブランド「ルミーレンズ」の育成、共同仕入網の拡充など、販促事業では、CMソング、テレビCFの製作などを行い、常に業界をリードしてきました。これらの共同事業は時代とともに変化しながらも、終始一貫AJOCの基幹事業として継続実施されています。

世界に学ぶ

AJOCは常に世界を視野に入れた活動を展開してきました。海外渡航が一般的ではなかった昭和30年代から、欧米の眼鏡協会の会員となり、毎年視察団を派遣。先進諸国のビジョンケア制度、教育施設、生産技術動向、メガネファッションの推移、専門的なサービスの在り方などを学び、国内の業界のレベルアップに努めてきました。
 昭和40年には、スイス・サティス社と技術提携し、小売店頭用のレンズコーティングマシンを開発、数年を経ずして数十台を加盟店に設置し、当時揺籃期にあったコートレンズ普及に飛躍的な貢献をしました。技術面の知識・ノウハウの導入にはアメリカAOAにルートを求め、商品ではドイツに代表部を設置して、情報収集と商品調達を積極的に実施しました。企業経営の近代化を進めるAJOCのチェーン活動が認められ、昭和46年には通産大臣より優良チェーン認定を受けています。

教育の重要性

AJOCは設立時から人材の養成を主要な活動と位置付けてきました。これはAJOCの初代理事長故森文雄が一貫して説いてきた「メガネ店の仕事の基礎を視科学に置き、高度の専門知識をもち社会的に認められた専門職としての眼鏡専門家の養成を行う」という理念に基づくもの。昭和53年には森文雄の手によって日本で唯一の4年制のオプトメトリスト養成校「キクチ眼鏡専門学校」が開校。AJOCでは同校の開校と同時に、多くの加盟店で通信教育の受講を開始。また、学校の支援を受けてAJOCでも独自の通信教育のスクーリングを開始。スクーリングに出席した各社の代表社員が、社員全体に伝える形でOJTも活発化し、質の高い教育が行われました。そして、まさに「企業は人なり」の思想が結実した形で、AJOCの加盟店舗数は着実に増加し、昭和55年には300店舗に達するとともに、複数の加盟企業が国内有数のメガネ専門店へと成長していきました。

情報化の推進

昭和55年にはチェーンの基幹事業に情報関連事業が加わりました。本部・加盟店間にファクシミリを導入してネットワークを組むと同時に、本部、加盟店のOA化に着手し、昭和58年には顧客管理とサービスの徹底を図るためAJOCカードシステムを開発しました。その他、独自の管理システムを逐次開発し、より高次元のネットワーク構築を目指しています。
 昭和33年に7店舗で出発したAJOCは、平成31年4月現在店舗数350店を擁する共同組合に発展しています。AJOCは、その職業的使命を十分に自覚し、共同活動を通じて会員相互に切磋琢磨し、高水準のビジョンケアサービスを全国ネットで提供し続けています。ビジョンケアを推進し、人々の快適な視力を通じて社会文化の発展に寄与します。